ファンドのガバナンスは“箱”では動かない:コーポレート・セクレタリーという影の主役

たまたま、朝の混雑した電車の中で、Duolingoでまた行くかもしれない西アフリカに備えてフランス語と、学生の頃の記憶を戻そうとドイツ語と、やってもやっても身につかないまま30年以上経つ中国語と、さらに身につかない韓国語を勉強していたところ、ふっと隣のお嬢さんのスマホ画面が目に入った。

そこに表示されていたのが、まさかの「コーポレート・セクレタリー」に関する記事。 日本でも欧米のような仕組みや資格制度を導入して、会社のガバナンス強化に活かすべきだ——そんな議論が紹介されていた。

ガバナンスは“箱”では動かない。
動かすのは、プロセスと記録と、人だ。
ファンドを動かすのは、
登記ではなく、意思決定の透明性。

ええ、瞬間でここまで読み取って記憶している時点で、覗かれたお嬢さんをはじめ世の中の大半の人から「きもっ」と言われても仕方がない。でも、老眼の進んだおっさんでも興味のある情報だとこれだけパッと取り込んで記事にしようとするのだから、人間の情報指向性ってすごい。そういうことにしておこう。じゃないと、そっちで一本書きかねないので。


このところの私の主張:ファンドにおけるコーポレートセクレタリーの重要性

さて、そのコーポレート・セクレタリー(むかーしは会社勅使役と訳された仕事)だが、ケイマン諸島籍のファンドの設立時に「仕組みの一つとして入れましょうよ」という話を、自分の実体験を踏まえてすることが増えてきた。

ただ、国内で説明しても、そのご利益がなかなか伝わらない。 特に「ファンド=集金マシーン兼投資の器」程度にしか見えていない人ほどその傾向が強い。投資先企業で同じ議論をしているはずなのに、その対称性に思い至らない。残念ながら、そういうケースは多い。

個人的には、件のお嬢さんの方に軍配をあげたくなる。 なんにせよ、この国に概念がないなら入れていきましょうぜ、という Break the Border. をやっている身として、ここからはその辺りを踏まえて、実務的な取り入れ方とご利益を伝えていきたい。


会社もファンドも、登記だけだとただの箱

会社でも組合型ファンドでも、 「定款(または組合契約)を作って署名して、登記したら終わり」 と思っていないだろうか。

実際には、登記が終わった後も、

  • 税務署への届出
  • 銀行口座の開設
  • 社会保険・労働保険の手続き
  • 都税事務所への対応

など、やることは山ほどある。

そして、それらは“やって終わり”ではなく、維持するための手続きが定期的に発生する。 つまり、遵法——皆さんの大好きな言葉で言うところのコンプライアンス——が必要になる。


ん?なんでここでコンプライアンスの話?

「ファンドの世界なら金融商品取引法だけ見てればいいんじゃない?」 と思っていたら、それは大きな誤解だ。

世の中は法律というルールで組み上げられている以上、 事業に関わらず適用される法律が必ず存在する。

例えば、

  • 行う事業に対する規制業法(金融をするなら金融商品取引法、不動産の仲介をすrなら宅建法、)
  • 個人情報保護法(名刺を交換して誰かさんの名刺を手にした瞬間から)
  • 労働基準法(人を雇うならね)

など。

これらを管理しているのは誰か? 多くの会社では「総務部」や「人事部」だ。

では、なぜ彼らがその仕事をしているのか?


会社ってどうやって出来上がっているのか?

それは、会社の運営を決める「取締役会」が、 どんな部署を置き、何をさせるか、という役割と権限を割り振っているからだ。

生まれたての会社や合同会社、そして我がスローステップスのように少人数の会社では、 “部”よりも“誰が何をできるか”で仕事を回す方が早い。

しかし、人が増えると、 誰がどの権限を持ち、どの責任を負うのか を明確にしないと収拾がつかなくなる。


一番偉いやつ、出てこい!

取締役会のメンバーは株主が決める。 そして、その権限は会社法が決めている。

つまり会社は、 会社法というルールに従い、取締役が判断し、部署が実行することで再現性を担保し、収益を生む仕組み として動いている。

だからこそ、 判断と実行のプロセスを株主に対して透明にすることガバナンスだ。

むしろよく頭のいい誰かさんがガバナンスと言って持ち出す、上場企業に対する取締役会での性別における割合の話などは全くもって本質ではない。


コーポレート・セクレタリー(会社勅使役)という役割

こうした法令の枠組みに沿って、 取締役会の運営を支える専門職が海外では確立している。 それがコーポレート・セクレタリー(CS)だ。

日本では「当たり前にやる文化」があるため専門職が育たなかったが、 実際には一人会社で全部把握して運営するのは難しい。 登記情報の更新漏れなどはその典型だ。


ファンドだってガバナンスが大事、としたら?

ここまで会社の話をしてきたのは、 ファンドも“投資という事業を行う企業体”だからだ。

ただし、決定的に違う点がある。 ファンドは人を雇わない。

だからこそ、ガバナンスの難易度が上がる。


ファンドと企業の違い:雇用の有無

ファンドは、

  • 投資判断
  • 資産保全
  • 財務諸表・報告書
  • 資金の出入り

などを、すべて外部の委託先に任せる。

だからこそ、 委任してよいのか、委任後も適切に行われているのか を取締役会(またはGP)が判断し、モニタリングし、必要なら解任する必要がある。

ケイマンではそれを明確化し、そこで設立されるファンドの品質を担保するために2023年に CIMANew Guideline を導入し、 これらの手順を文書化することを求めた。


だからこそ、ファンドにもCSが必要になる

取締役会の開催に向けた調整、資料準備と関係者からの徴収、議事録作成、委任・解任のプロセス整備、そして利益相反の確認と開示。 これらはファンド運営の基礎だ。

そして、これを現地法に従って伴走するのが、 コーポレート・セクレタリー(以下、CS)だ。


一つ日本的疑問:それって誰かやってくれるじゃない?

「法律に求められることをなぞるだけなら、誰かに片手間でやらせればいいのでは?」

確かに、日本の会社やファンドの多くはそうしている。 しかし実務では、

  • 法改正への対応漏れ
  • 担当者ごとの解釈のばらつき
  • 会議内容の不均一
  • 投資家からのプロセス確認要求

などが普通に起きる。

だからこそ海外では、 CSが専門職として確立している。


そういえば、日本のファンドの開示って?

日本の LPS法・任意組合・投信法には、そもそも 投資判断の議事録の作成・保管・開示義務が明文化されていない。

結果だけを問うから報告書を充実させる文化がある一方で、 海外ではプロセスの検証のために議事録開示を求める投資家も多い。

つまり、 日本のファンド業界には“判断の記録”を管理・開示する枠組みが存在しない。嘘だと思うなら日本が世界に売り込もうとしている投資事業有限責任組合法の決定プロセスに対する記述を探してみるといい。会社法にあるようなものが一つとしてないことに気づくだろう。


ちなみに、ちょっと混同するサービスがあって

海外には、 registered office(RO)サービス という似て非なるものがある。

ROは、

  • 法的住所の提供
  • 法定帳簿の保管
  • 当局対応

など、法的存在の維持が役割。

対してCSは、 運営とガバナンスの維持が役割と理解することが出来る。


まとめ


ファンドの決定機関である取締役会の運営を支えるコーポレート・セクレタリーは、最終的な経済的利益を享受する投資家のために、ファンド運営の透明性と遵法性を担保する“影の要”だ。

もしあなたが投資家なら、レポートの先にある“判断のプロセス”を一度見てみたくなるかもしれない。 もしあなたがファンドを作り運営する側なら、後から自分たちの判断を検証できるだけの記録を残すことの意味を、少しでも感じてもらえたら嬉しい。

ガバナンスは、箱では動かない。

動かすのは、プロセスと記録と、それを支える人だ。

そこにこそ、境界を越える余地がある。







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