米国投資家向けファンド、その税務とストラクチャーの面倒な関係

私がファンドに携わったころ、アメリカの投資家を入れると厄介だから絶対に触るな、と当時の大ボスで今もなおヘッジファンド業界で著名な運用者として香港あたりで元気にされている方から叩き込まれた経歴があるにも関わらず、ファンドを作ってお金を集めるなら、投資意欲に旺盛な米国投資家を入れるべきだ、なんてしたり顔でいう御仁を身近にもつ私ですので思いっきり米国投資家さんの対応を体で覚えてきた(苦笑)のですが、そんなことを言えるのは投資家を入れた後の実務を手触りでやらないからだ!と、思いっきり言いたい訳でして、今回はそういう愚痴を思いっきり交えつつ、実務者の苦労の背景にいかにアメリカって国は。。。という話をしたいと思います。

いつものように、お手軽にまとめたスライドを slideshareに、音のない動画をYouTube にそれぞれアップしているので、長くて余計な情報はいらないのでお手軽に回答だけ欲しい、という検索文化に汚染された皆様はこちらをご覧いただき、その代わりあちこちでこんな使えるものを書いている奴がいる、と広めてください。いいねもして、チャンネル登録もしちゃってください。私の知る限り、ファンド周りの米国税務をこんな形でまとめたものは(税理士の堅っ苦しいPDFを除けば)これが唯一のコンテンツみたいなものですので。。。

米国納税義務者を普通にファンドの投資家に入れると色々厄介

さて、この記事の最初にまず言いたいことは本当にこれ。いくら投資する金を持っていても、彼らの税務をまず第一に考えるとスキームからその後のレポーティングから全部彼らの本国である米国のIRS – 内国歳入庁 – に対応するための仕事をせねばならない、のです。言い換えれば、それさえちゃんと体制を作ってやれば米国投資家向けのファンドが運営できる、という話ではあるのですが、非居住者である私たちが自分たちの知識だけで米国税務を完璧にやろうとするには、まぁ、不可能ですのでアメリカの tax lawyer と tax accountant の協力が必須となり、追加コストが上がる覚悟が必要になる、というのをまず最初に書いておこうと思います。ですので、この記事を読んだだけで出来ると思うよなよ、なのです(笑)

PFIC とか CFCとか – 米国投資家の嫌がる税務上の罠

さて、たとえば、日本のファンド運用者が、軽ーく、米国投資家を今あるケイマン諸島籍のユニットトラストに入れたらファンドが大きくなるからラッキー、なんて思ったら大変なことになります。というか、多分、あなたのファンドがユニットトラストだと知った瞬間にその投資家候補は次の二つのどちらかを選ぶことになります。

  1. 投資するために別ファンドを組合形式で作ることを要求する
  2. 投資することをやめる。

組合か投資しないか、ってすごい選択のように見えますが、それくらいスキームについては「あの」アメリカ人ですら敏感です。というのも、米国納税者にとって海外のファンドをPFICかそうでないか、でまず投資対象と判断するか見ている、といっても過言でもないくらい、PFICというものに敏感なのです。

で、このPFICとは何か、というと、Passive Foreign Investment Company の略で、海外籍の、その資産の50%以上が受動収益を生むもの、たとえば不動産だったりリース資産、もちろん株式や債券、ローンやファンド持分など、実質的に放っておいたら稼いでくれるもの、を保有しているか、そういう資産からの収益が全体の75%以上となる企業体のことを指します。で、名前だけ見ると “Company”なので trust とか信託のようなものなら該当しないのでは、と思われがちなのですが、法律上はtrust形態や FCPのような契約型のファンドもPFICに該当するとされています。

で、なぜこのPFICというのが厄介というか嫌われているか、というと、たとえばPFICに該当する企業体の持分を保有すると、annual information statement と呼ばれるその持分の評価額の一年間の増減に対して、income由来の増減か、キャピタルゲインとしての増減かの分析を日割りで行って毎年 annual information statement という形で納税資料として提出しては未実現利益であっても課税される(しかも、保有期間で短期キャピタルゲインか長期か、で税率も変わる- 25%以上の懲罰的なレート、とまで呼ばれて、かつ年によって変動しているようにも見えています)からです。

このPFICとよく語られる CFC – Controlled Foreign Company – (米国人が支配権を有する海外籍の企業の持分保有や売却時の課税ルール)も、なんとなく、日本のタックスヘイブン課税のような未分配収益に対する課税にも似たような税制なのですが、米国税務はこれらのルールで国内の納税者が海外に資産を移すことで課税を回避しようとする行為を規制しようとしまして、まぁ、それの最たるものが JOBs Act で実施され、日本でも導入された、非居住者になろうとするときに保有する資産に課税をする出国税の考え方や、FATCAのように、海外の金融機関に対する、その口座保有者(や結果としてファンドの投資家)の国籍が米国納税義務者かどうか不明な場合に対する米国由来の資産売却によって受領した資金の30%の源泉徴収義務、のような、米国納税義務者が海外に資産移転を行うのをこれでもか、というくらいに縛ろうとして海外の金融機関に協力を無理強いするのは。。。逃げたくなるような税金を掛けているからじゃない、と思うわけです。

米国投資家の税務上の罠から回避するには

さて、となると、米国投資家がそんなPFICのような税務上不利になる投資が出来ないなら、一体どうしたらいいの?という問題の解決方法となると二つ考えられます。一つは、組合形式のファンドへの投資、もう一つは海外籍のcompanyとして check-the-box (略してCTB)ルールに基づく届出である Form 8832 をUS IRSに提出することで PFICや CFCの適用外となるようにする、のいずれかです。前者は、組合型ファンドが米国外であってもflow-through entityであるという税務上の取り扱いから使えるファンド組成の方法ですが、後者はちょっと馴染みのないところですよね。このCTB ルール というのは、海外籍の company でもある一定の条件を満たすことでUS IRSに届出することで flow-through entityとして取り扱われることになるのでPFICやCFCの適用外となる、ということで使える手でもあります。

とはいえ、いずれの場合も毎年、投資家サイドでは組合などで発生した損益の持分への分配を納税のために取り込む必要がありますし、ファンドの方も投資家への報告と同時にUS IRSへの報告が必要となりますので、手間でしょ?しかも、仮にその年に資産売却して分配できる利益が発生したけど再投資したり配当を支払わなかったりすると、投資家の観点で言えば納税資金がファンドから送金されないので手持ちで対応せねばならないし、そもそもファンドのメリットの一つ考えられている税務の繰延(課税時点をファンドの中での資産譲渡のタイミングから、ファンド持分の売却のタイミングに遅らせることができるメリット)がなくなるのです。バイアウトファンドやベンチャーキャピタルファンドなどの投資をしている人にとっては、ある意味プロジェクトベースの投資をファンドを通じて行っているからそういうものだよね、と思いがちですが、ヘッジファンドへの投資も組合形式になるわけですので、ちょっとメリットが見えづらいですよね。そうなると、ヘッジとかだと40 Act のような国内スキームに流れても合点がいくわけです。

ちなみに、CTBですが、一定のルールがある、と言いましたが、たとえば日本の株式会社はCTB出来ません。Form 8832の終わりでCTB出来ない会社形態の一覧というのを開示しているので、それにあるものだとCTB出来ません。また、設立後5年以内にCTBの届出をしないと出来なくなるので、たとえば会社の設立の時間がないから、と既に銀行口座も開設ずみの休眠会社を買ってきてCTBしようとしても出来ない可能性があります。そこを裏読みすると、ケイマン諸島のSegregated Portfolio Company や(今売り出し中の)シンガポールのファンド用のビークル、VCC – Variable Capital Company – 辺りはCTB出来る会社型ファンド、ということが出来ます。

混ぜると危険?米国投資家をその他の投資家のいるファンドに入れてはいけないもう一つの大事な理由

さて、じゃあ米国納税義務者をファンドに入れるためにケイマン諸島籍のLPSなり、CTBしたケイマンSPCなりを作って、その投資家の税務申告の手伝いとなる年次の損益分配計算書(Form K1)を渡せばいいんだから、そんなに問題ないじゃない、と思ってきますよね。でも、実際のところ混ぜると危険なことも多いため、世の中のちゃんとしたグローバルに募集されているファンドは米国納税義務者向けファンドを組合形態かCTBした会社型ファンドで、その他(米国免税投資家及び米国外納税義務者)ファンドを会社型ファンドで、と二つを立てるようにしているようなのです。

こうすることで、一つは以前取り上げた米国のプロ投資家向けの少人数募集ファンドとして米国納税義務者向けファンドの募集を管理できるのと同時に、その他向けファンドについてはその裏側の投資家が米国内で事業を行なっていないように会社型ファンドでブロックすることが出来るから、なのです。言い換えると、もしその他向けファンドを組合型で設定して米国資産を保有してしまうと、その組合員である米国非居住者すら米国内で(投資)事業を行なっているとみなされて米国内での課税対象になりかねない、というのです。せっかくオフショアでファンドを作ったとしてもこれでは困りますよね。というより、こんな観点でストラクチャリング、日本ではしないから案外盲点ですね。

とはいえ、二つのファンドが同じ割合で資産を組み込むというパラレルファンドを組成・運営するのはなかなか難しいので、どうしてもマスターファンドを作って、US-taxable フィーダーとnon US-taxable フィーダーを作りたくなります。そういう時は組合かCTBした会社型ファンドをマスターファンドにして、前述の二つをフィーダーがわりにする、というのが常套手段、といったところですが、この辺りはどうしても投資対象や実際の投資家の顔を見ながら米国法の税理士を交えてストラクチャリングするのが安全です。

Fund of Fundsってレポーティングが遅いよね、って言われるけど、税務報告も。。。いや、それって税務上のリスクですからっ

さて、ここまではファンドを組成する所の話。続いては実際に運営していてハマるあれこれでも。じゃあ、せっかく組合型で対応できるファンドを運営し始めた、として、毎年決算を終わらせて、組合員ごとの損益分配を作ったならば K1 Form という税務申告書を作成してIRSに届け出る必要があるわけですが、会社会計と税務会計が異なるように、K1 Form の作成もちょっと具合が違うようです。

特に組合から組合に投資なんてしようものなら、その投資先の組合からK1 Form をもらったものを元に作成することになりますので、ファンドの評価を投資先の組合の監査済み財務諸表に基づいて行うのと同じようにK1 Form が出てこないと K1 Formが作れないことになります。ちなみに、通常の税務報告は日本と同様に 3月15日が期限ではあるのですが、組合のK1 Form については9月15日が期限、となっています。とすると、仮に米国籍の組合に投資なんてしてしまうと自分の届出のために9月までかけてしまって投資家であるこちらに時間が足りなくなる、なんてこともあり、そうなると裏側の米国投資家の税務申告も当然に。。。という感じですが、FoFな米国投資家だと、こういうのがどうも慣れっこのようです(でも、報告はできるだけ早くね)。

ちなみに、日本でも非居住者の税務申告とか納税のために代理人を国内に任命しなければいけないのですが、アメリカも同じように置かねばなりません。通常tax lawyerやfund admin の米国拠点が受けてくれますが、これも当然コストがかかります。。。

K1 Form に二種類ある (8865と 1065)

ところで、最近(でもないか)、米国投資家とのやり取りで、はよForm 1065をだせー、という問い合わせがあったのですが、それってなんじゃそれ、と思ったことがありました。おや、と思うなら調べちゃう方が早いのですが、このForm 1065も Schedule K1でして海外籍ファンドをしている私たちからすると初めましてだった理由は、私たちが使っているForm K1は正しくはSchedule K1 (Form 8865)で海外組合などが作成して交付するもの、Form 1065は国内の組合等が作成するもの、ということで同じSchedule K1であっても別物、だったのです。しかし、似たようなSchedule K1なのに番号が全然違うってどういう管理方法でやってるんでしょうね。いずれにせよ、米国の税務周りは似たような番号や略語などが満載でいつもIRSのウェブサイトで迷子になりそうになります。

W8 Formの泥沼と源泉徴収の悲劇

さて税務周りでオマケを一つ。案外知ってるようで知らないW8 Form の話でも。

W8 Form はご存知の通り、金融機関などに自分が米国非居住者であることを申告することでそれに基づく源泉徴収をしてもらうようにする資料で、個人ならば W8-BENを、法人でなら W8-BEN-Eをそれぞれ作ったことがあると思います。昔は共通だったのですが、FATCAの影響がこんなところにも、という話はさておき、もしこれが組合だったら何を出すでしょう。W8-IMYというまた別のフォームになるのですが、ケイマン諸島籍の組合型ファンドですと、通常は FFI – foreign financial institute -扱いになるので裏側にいる投資家の税務情報もwithholding statement というサマリーと預かったW8/W9 Form とともに開示することになります。で、これって結構投資家がアップデートするのや詳細の開示を嫌がったりするケースが多いんですよね。とはいえ、これをやらないと結構面倒なことが発生します。

というのも、情報開示を適切に行わない場合、米国非居住者であることで税金の減免が受けられるものの、その証明をしていないわけですので源泉徴収についてコンサバティブに、言い換えれば減免なしで課税することになります。

それって。。。源泉徴収されるから受け取り金額が減るってこと?そうなんです。

じゃあ、後から租税条約に基づく還付を求めればいい、ってこと?いやいや、裏側の投資家の情報で還付がされるためにはその当の本人がせねばならないので間に入っているファンドとして還付請求は当然できるわけでなく、と言ってその源泉徴収された分だけその投資家にtax creditがあるでしょ?と損益分配のロジックで振ることも出来ませんので投資家みんなで減額分をなく、ということになるようです。。。

ということで、W8 form については有効期限も最大3年目の12月末まで、とありますので定期的に投資家とのコミュニケーションを兼ねてアップデートしてもらうのも大事、ということですね。この辺りのKYCについては税務に留まらず常にアップデートが必要、ということで。。。

ということでまとめ -それでも米国投資家を入れたいですか?

さて、これだけの難関を(お金と特殊な知識を駆使しつつ、実務担当者の血と汗と涙で)対応しないと米国投資家をちゃんと受け入れられないのですが、なかなかそこってわかってもらえないんですよねぇ。

ああ、それやればいいんだったらやろうよ

的に軽くいうCEO/CIOのいかに多いことか。税務リスクは投資家が怖がるものでこれを一度やると投資家が離れるリスクもあるんですよねぇ。。。(遠い目)

ということで、大きな魚を狙うには、それなりにサイズを集めてコストの掛けられる体力を持ってから、ということなのだと個人的には思うのですがどうなんでしょう。。。


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