(書き始めた時には)気づけばもう2019年も残るところ1ヶ月を切ってしまいました。毎度のことながら、今年何か生産的なことをしたかなぁ、新しいチャレンジをしたかなぁ、なんて思い返そうとしますが、今年はオフショアと国内のそれぞれで組合型のファンドを立ち上げたなぁ、なんて思えば確かに新しいことをした、といえそうだし、新旧のフラッグシップファンドでの資産取得も時間的なプレッシャーだけでなく取得時のちょっと複雑なストラクチャーを組んでみたり(良い子は真似しないでね。まぁ、詳細はいえないけど多分真似できないけどなw)と、事業的には生産的だったような気はするけど、革新的な何かが出来たか、といえば、まぁ、日本に数少ないセカンダリー戦略ファンド、ってことくらいかなぁ。まぁ、元々そういうことをするチームなわけですが。
と、ある意味事業と企業運営に忙殺されていたような一年っぽかったのですが、それでも、ファンドを作るとか、ファンドを買うとかしていると、日本や米国などの古くからある(と言っても、日本の法規制は2007年ですが、米国だと1940年の Investment Company Act や 1933年の Securities Act とかなり古くからある)投資家に関する法規制への適合性の確認のような問題もあれば、今回のような極めて新しい法規制の導入時期に対応しながら走らねばならない、というところで、やっぱりファンドっていうのは常に法規制との時代の要請への対応の歴史の積み重ねだなぁ、と感じたのです。
近年になるまでの法規制のメインが投資家保護の対象をどうするか、もしくはプロ投資家が投資に対するあらゆる制限をいかに解除していくか、という論点だったのが、近年の各国政府の注目するところが犯罪等の収益資金やテロリスト支援資金の移動防止、脱税・課税回避や資金隠し、という不法行為に対するところが一巡し、その次のステージに移って来ていると見られています。それが今回のお話となり、2019年のファンド業界で誰もが取り組まなければならなくなった Economic Substance のこと、なのです。
Economic Substance とは?
直訳すると「経済的実在性」となるこの言葉、言葉のイメージとしては経済活動においてその企業体が本当に実在するか(それともただのペーパーなの?)、というテストに受け止められるものですが、この議論は実はオフショアだけの問題ではなく、むしろオンショアを含めた国家間の収益に対する課税権の議論だ、と言われたらどう思うでしょうか。
economic substanceの背景をまず理解しよう
実際、この問題を提起したのは EUの欧州連合理事会(the Council of EU)で、2017年にEU各国とその関連国に対して、各国における税制のうち
- 税務の透明性
- 税務の公平性
- BEPS(税源浸食と利益移転)防止措置の実装
について調査を行いました。目的は世界中の無税や優遇税制に対する対抗を目的とした、事業への課税に関する各国の行動規範を求めることにありました。事実、前述のように犯罪による利益やテロリスト支援資金の移転防止に始まり、脱法や違法による徴税回避に対する対応策は過去においてFATF や各国のAML/KYCやFATCA/CRSを通じたAEOI(Automated Exchange of Information) の枠組みで一定の網を掛けられるようになりました。そうなると、次に起こることは本来その国で徴税権を有したはずの企業の利益が合法のスキームというものによって課税できなくなっているという現実を如何に防ぐかが各国間の協力で行えるか、というものになります。その際に問題となるが、特に免税企業体や国外での収益に対する無税という仕組みに基づく持ち株会社スキームで企業誘致をして来た各国の税制優遇措置になるのです。
と言っても、これはオフショアが単に悪者にするのではなく(事実、オフショアの居住者には15-20%程度の所得税などが普通にかかりますので、オフショア=万民にとっての無税の楽園、ではないのです)、例えば香港であっても香港域内で設立された株式会社の国外収益には課税がされなかった(今は不明ですが10年前はそうでした)、ファンドのスキームを使えばアイルランドやルクセンブルクで設立された企業体にもキャピタルゲインに対する課税がされない、もしくはちょっと前に有名になったGoogle や Amazon などの企業が利用した double-Irish とか double-Dutch、はたまた double-Irish with double Dutch sandwitch スキームと言った、各国間の租税条約などを巧みに利用した租税回避スキームが生まれたように、オンショアであっても企業誘致などの理由で優遇税率を適用することが他国の課税権を奪い取っていることになる、というものなのです。
とはいえ、この2017年の調査に基づいて欧州連合理事会は事業課税に対する行動規範を定め、特にオフショア地域でもヨーロッパと関係の深い、英王室領のジャージー島、ガーンジー島、マン島、英領のバーミューダ、ケイマン諸島、バージン諸島に対しては、この行動規範の懸念する現地企業体の経済的実在性に関する提起を求めたのです。それが、このところのファンド関連の人たちの見ているファンドの投資企業体へのecomic substance のテストの背景なのです。
economic substance が見ているものとは
興味深いことの一つとして、過去のFATF (Financial Action Task Force / Groupe d’Action Financiere) の grey list と呼ばれた (今はblack list は call for action、grey list はother monitored jurisdictions と呼称が変わっていまして、call for action にはイランと北朝鮮が、other mentioned jurisdictionsにはバハマをはじめとする12か国が入っています)、OECF 諸国のテロリスト支援資金供給対策に対して非協力的かどうか、というリストへの対応の時、真っ先に対応したのは実は前述のオフショアの中でも先進的な6カ国であったものの、その対応方法は実は今回同様一見バラバラでした。実際、オフショアを横断的に見ているオフショア弁護士事務所のAppleby によるとそれぞれによって重点的に見ているところが異なるそうです。それはその国ごとの企業体の根拠法に基づく課税方法(法人格の有無などによる課税対象となるてんの違い)であったり免税のルールの違いなどによるところが大きいようです。
とはいえ、企業体の営む事業によるこのeconomic substance の主だった対象であるかどうかは見えてくるそうで
- 銀行業
- 保険
- ファンド運用業
- 融資及びリース事業
- 本社機能
- 船舶
- 販売及びサービス拠点
- 持ち株会社
- 知的財産
が特に問題となります。
持ち株会社はもとより、先ほどのdouble-Dutch や double-Irish with なんちゃら、のようなスキームがこの槍玉にあげられるから知的財産やリース、融資事業がリストされるのはわかりやすいのですし、簡単に節税スキームの対象にされがちで、登録免許の値段などの競争原理が働く船舶も対象、というのもわかるところですが、例えば実在性がありそうな銀行や保険がその対象である、というのはぱっと見不思議ですよね。でも、例えばケイマン諸島では銀行業を始めるのは思った以上にハードルが低く、また送金インフラなどは大手銀行に口座を開けることが出来れば完成、ということなので、その名の通りプライベートバンクを作ることが可能、なのです。となると、確かに実在性を問いたくなるのかもしれません。
でも、ファンド自体はスコープ外。その結果。。。
ここで面白い話としては、ファンド運用業が対象、だからファンド業界が大騒ぎになっている一方で、上述のリストに投資ファンドが含まれていません。なので、投資ファンドであるユニットトラストや LPS 自体は今回のスコープに入っていません。
その延長の議論として、例えばケイマン諸島の免税リミテッドパートナーシップ法に基づく組合ストラクチャーにおいて、economic substance の対象となる事業体は実はないのです。え?ファンドの運用主体だから GPが対象になるんじゃないの?と思われがちですが、GPは組合のパートナーの一部であり、またファンドと一体になって「直接、または間接的に投資し、もしくは運営する」企業体の役割を果たすという観点で投資ファンドとみなされることから、対象外、とされています。
おかげで、実は今年散々ファンドやGP会社などを作っていた私ですが、economic substance のテストをされてはいたものの、「え?対象外だよね。」と答えることでこの点に限っては深い議論をあまりせずに来れていた、のです。
それより注目されているのはこんなこと。
この場合、むしろ合法的な課税対象の回避という意味では、ケイマン諸島に投資運用業のライセンスを受けた投資運用会社や、ケイマン諸島のSecurities Investment Business Law (証券投資事業法、というべきでしょうか。ここにブローカーや投資運用業、投資助言業が含まれるのですが、投資ファンド自身はここに含まれていません。)の Excluded Person (適用除外者)と呼ばれるSIBLに基づく登録をせずに証券投資事業に携わっている企業体にeconomic substance のテストが求められることとなりました。
と言っても、このSIBL も今年大きく変わり、例えばExcluded Person というカテゴリーはRegistered Person – 登録対象者として事業登録を行うか、ファミリーオフィスとして家族の資産管理会社のように non-Registerable Person – 登録非適合者として登録不要だが証券投資事業しているとはみなされないか、に分かれることになりました。特に前者については再登録を求められた上に、それまでの適用除外の何もしないですんだのと大きく異なり当局への報告義務等が発生しました。従って、今やケイマン諸島で証券投資事業をするにはライセンスを受けるか事業登録を行うかの二択になったのです。
というのも、ファンドの運営事業を考えるにあたって、高税率のオンショアでの課税対象収益を減らす目的も含めて、ケイマン諸島の投資一任会社をグループで作り、ファンドの投資一任をそこでさせる一方で投資対象国に低報酬の助言会社を作ってケイマン諸島の一任会社に対して事実上の投資指図となる助言を提供させ、オンショアには形式上の報酬の還流と助言会社の維持費用を回すものの、ケイマン諸島には投資一任による高報酬の計上させることで、この運用報酬の差額として低課税率のケイマン諸島に残しておくことができ、結果としてより多くの可処分資産を保有することが出来る、のです。とすると、ケイマン諸島の投資一任会社に実在性はあまりいらない、というより目的を考えれば最低限の維持費用(年次登録免許税とオフィス住所レンタル代)等だけに抑えてその他の費用が出来るだけ掛からない実態のない会社の方が都合が良いことが見えてきます。
実際の経済的実在性のテストとは?
でも、そこに網をかけてきたのがeconomic substance だというのがわかります。上記のファンドスキームは発生する収益に対して出来るだけ合法に高税率を回避することが目的のスキームですから、これをさせないようにするには、ケイマン諸島の投資一任会社の実在性が必要になるわけです。ではここでいう実在性とは何か、というと
- その国・地域で会社が管理・運営されているか。
- 前述の事業に関連した、主となる収益事業がその国・地域で引き受けられているか。
- 適切な物理的な事務所をその国・地域においているか。
- 適切な資格等を持った従業員を適切に雇用しているか。
- 前述の事業に関連した費用をその国・地域で支払っているか。
- 遵法性を評価できる当局を有する国・地域において、経済的実在性に関する報告書を毎年届出ているか。
というのが、まぁ、ざっくりとしたチェック項目の本質的なところです。(なお、知的財産の管理事業体や、持ち株会社についてはこちらでは判断できないので別途条件付けがされているそうです。)で、当然このようなコンセプトに基づいた各国のルールに当てはめて、実在性を検証し、現地当局に届け出ることになった、のです。
これをクリアーにするにはどうしたらいいのでしょう。
一番手っ取り早いのは、チーム全体でそのオフショアに移り住んで運営してしまう、でしょう。実際に、2009年あたりにロンドンで金融業に対する課税が厳しくなった(というべきか、今まで優遇されていた税制が通常に戻された、ようなものですが)際に、ロンドン拠点にしていたヘッジファンドを中心に、証券執行チームはロンドンに残したものの本社機能をジャージー島やガーンジー島に移し、その創業者達もQoLを求めるという名目でロンドンから飛行機で1時間(あと空港からロンドン中心部まで1時間かかるけどね)のこれらの島に移り住んだのです。(ちなみに、ジャージー島もガーンジー島も島の出身者でない限りはliving permission を得るには高額の銀行残高を島の銀行に置くことなど、経済的ハードルが高いことで知られています。)ですので、ロンドンに一番近いオフショアならば、このような選択肢も取り得るでしょう。でも、東京や香港、シンガポールの市場から一番近い、前述のオフショア先進国は。。。どこも一緒か。直行便はないし。
ファンドのプラットフォーマーから垣間見たeconomic substance とオフショアの行き着く先
次に考えられるのは、取締役やある程度のオペレーションなどの提供まで行う現地のプラットフォームに依存する、という方法です。自社で現地の雇用やインフラの整備などを行うには色々と大変ですからこれは検討できるところではありますが、あれ?これってどこかで聞いたことのある話じゃないですか?そう、UCITSファンドを作るときの管理会社プラットフォーム、であったり、AIFM のプラットフォームであったり、とEUにおけるファンド組成に使ったり、40 Act しかり、投資銀行が過去に立ち上げた managed account platform であったり。とはいえ、特にUCITS や AIFMのケースを思うと、この背景にはルクセンブルクやアイルランドでファンドを立ち上げるにあたって、現地の取締役を採用しないと免税ファンドにならない、というルールがあるので、現地取締役業を行う人たちを雇うか、自分たちの誰かを送るか、という選択肢を求められていたのと話が変わらないように見えてきます。その意味で言えば、このeconomic substanceにより、オフショア地域もアイルランド、ルクセンブルク、シンガポールと言ったオンショアのファンド設立国と変わりがなくなる方向に近づきつつある、と言えるのかもしれません。
それゆえ、この記事のタイトルである「つまらないオフショアになる」という疑問を呈することになるのです。
多分、Unit Trustでは使えない技だけど、こんな抜け道が
実はこのサブパートは、一度アップした翌日にとある組合形式のファンドからの投資家に対する承認依頼がきて気づいたことなのですが、economic substance law においてファンド運用業というものが 前述のSIBLの Paragraph 3 の Schedule 2に記載のあるもの、とされていて、該当箇所には “managing securities belonging to another person in circumstances involving the exercise of discretion” – 裁量を執行することを含めた環境において、他人の所有する証券などを管理する – とあるので、economic substance の問題になるのは裁量権を有する investment manager であって、裁量権のない investment advisor は対象外、と言えるようなのです。共に SIBL においてライセンスを受けるか、登録を行うかする必要のある SIB のはずなのに、執行権限の有無で ES test の対象になるかどうかが分かれるようです。
ということで、それまでは組合に対して裁量権を持ってGPの代わりに一任運用をしていたケイマン籍の会社が、スキーム変更で裁量権を持たない助言をすることにすれば、執行権はGP が最終的にもつことでこの運用会社もES test の範囲外になる、ようなのです。これは会社型のファンド(ヘッジファンドに多いですね)でも当てはめることが可能なのですが、考えてみると、ファンドのスポンサーが同じですと、GPに変わってIMが裁量を持って売り買いするのと、GPがファンドの戦略の範囲内である限りそのガバナンスを利かせながら、IMだった助言会社から受領した助言/売り買いの推奨に従って売買をすることと、本質的には同じ経済効果とファンドとしてのリスクがあると思う。実態は同じで誰に運用判断をさせて、執行する義務を持つかの違いでES test を受ける受けないが変わる、というのはどうなのでしょう。まぁ、ケイマンのディレクターに仕事を増やしている、のでしょうか。。。
以上を踏まえると、ファンドの関係者は誰もES test を受けずにすむ、advisory スキームに移行しそうな印象です。でも、これって管理会社を使ったユニットトラストでは出来ない技なんですよね。GPが SIBL における登録等が必要ないのに対して、ユニットトラストの管理会社は SIBLの管理下にありますので、ポートフォリオ運用についてIMが行うのをIAにしたところで、ES test が管理会社に行われることに変更はない、と思うのと、多分この辺りが2019年11月あたりまで何も決まらずにでも、re-registration の準備だけさせられた、というだったようです。
とは言え – まとめに代えて
この10年でファンドの社会的役割が大きくなり、またいい意味でも悪い意味でも注目を集めるようになったと言えますが、その先の金融インフラとして存続するには、政府なども公平と思える仕組みが今後も導入されていくことになるのだと思います。
その結果として、仕組みとしては国ごとの特色というのがだんだん消えて一つに収斂するのかもしれませんが、それはもしかしたらいろいろな関係者のニーズの最大公約数、というものなのかもしれません。その意味で、今回の economic substance は、導入や対応にドタバタがあり混乱も起こしましたが、どこの国の仕組みを使うのか、が問題ではなく、どういう投資戦略を選ぶのが大事か、によりフォーカスできる道筋をつけているのかもしれません。ストラクチャーにとっては商売がへる、困った話なのかもしれませんが。。。
そうそう忘れていましたが
ESの対象企業が ES Test に通らなかった場合、初年度 10,000ケイマン諸島ドル(= USD 12,500)、2年連続だと 100,000ケイマン諸島ドル(=USD 125,000)の罰金だそうです。3年連続だと裁判所からの命令、会社の破綻の宣告など、事業継続性に問題のある結果だけが想定されます。
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