CRS (Common Reporting Standards) ってなあに?
ケイマン諸島の動きだけを見ているとこの島特有の話に思えてきてしまうので、そもそもの大きな背景に目を向けるとしましょう。そのためには、時計の針をまずは 1997年まで戻しましょう。
ちょっと歴史の話でも
OECD の Automated Exchange of Information (AEOI) サイトによれば1997年当時から、OECD 諸国では情報交換に関する政策や技術について検討していましたが、当時から10年ほどは OECD 標準電磁フォーマット(OECD Standard Magnetic Format / SMF) だけが存在していたのです。 その横で 2003年にEU で EU Savings Directives が導入されたことで、多国間での AEOI のルールが初めて作られました。これによって、多国間での税務及び世界的な税務的透過性について色々と進歩が見られるようになったのです。ただ、次の大きな流れは、2010 年にアメリカが FATCA (Foreign Account Tax Compliance Act) が出てくるまでは特に大きなこともなかったのです。
FATCA が生んだ税務情報の国家間での情報交換の潮流
2013年、アメリカが世界中から extra-territorial (治外法権) 的だと言われた FATCA に対する税務情報の提供に関する、EU 主要5カ国(イギリス、フランス、スペイン、イタリア、ドイツ)との政府間協定 (IGA)が相互提供の形をとることから、多くの国や地域がこれに追随しました。ちなみに、日本とスイスは IGA-model 2 と呼ばれる、国が情報提供に関与しないものでしたので、国内の各運用会社や銀行などが自分の責任でUS-IRSなどに届け出なければならなくなった、という経緯でもあるのです。
また、この年、OECD では AEOI と既存の膨大なプログラムについて、そして将来の在り方について講演をし、また、G20 サミットでその講演内容について後押しを受けることになるのです。
2014年の7月15日にまで進めてみましょう。この日、G20からの要請に基づいて、この Common Reporting Standards がOECD 評議会で承認されました。これにより、このルールに参加諸国がその国にある金融機関から情報を取得し、その情報に基づいて毎年他の国との間で自動的に税務情報を交換できる(Automated Exchange of Information)ようにするための枠組みが出来上がったのです。
これを受けて、2015年の8月にOECD が CRS 導入ハンドブックを作成し、同10月にケイマン諸島の税務当局が法制度を整え、この12月にCRS Regulation 2015 に対するガイダンスやフォーム(法人向け及び個人向け)、CRS 参加国リストや、報告義務免除の対象などを開示したのです。
2016年以降も引き続き秘密保持に関するルールや実務に関して OECD の部会の一つ、Global Forum が作成中であり、また、実際の AEOI の実効性に関する監視体制についても準備しているそうです。
なぜ弁護士事務所が「今」慌てて注意喚起せねばならなかった?
2015年8月のOECD によるCRS導入ハンドブックの公表を受けて、10月の法制度の制定、12月に実務要件の公表、と来て、これの目指すところが実は
- 2016年1月からの新規取引口座開設の際にCRS対応で行う
- 2016年12月末までに取引口座開設を行っている100万米ドル以上の残高のある個人に関する調査の完了
- 2017年の12月末までにその他の既存口座に関する調査の完了
- 2016年のCRSに関する届け出を2017年のそれぞれ定められた期限までに完了
というのがあるのですが、これはケイマン諸島がCRS に基づくAEOI を実施する最初の国の一つ(Early Adopter Groupと呼ばれています) だから、なのです。なお、Early Adopter Group とは
Argentina, Belgium, Bulgaria, Colombia, Croatia, Cyprus, the Czech Republic, Denmark, Estonia, the Faroe Islands, Finland, France, Germany, Greece, Greenland, Hungary, Iceland, India, Ireland, Italy, Korea, Latvia, Liechtenstein, Lithuania, Malta, Mauritius, Mexico, the Netherlands, Norway, Poland, Portugal, Romania, San Marino, Seychelles, Slovakia, Slovenia, South Africa, Spain, Sweden, and the United Kingdom; the UK’s Crown Dependencies of Isle of Man, Guernsey and Jersey; and the UK’s Overseas Territories of Anguilla, Bermuda, the British Virgin Islands, the Cayman Islands, Gibraltar, Montserrat, and the Turks & Caicos Islands
だそうで(Cyprus:キプロスについては、トルコがキプロス島の北半分に「北キプロス・トルコ共和国」を承認しているものの、国連で承認されていないことから、ここでいう「キプロス」とは、キプロス島の南半分を指している、という領土問題すら関与してくるのです。。。。)、実は、ケイマン諸島だけが大慌てではなく、UK-FATCA のあるイギリス本土はもとより我が(笑)Jerseyやバーミューダも、お隣の韓国も、そして日本でファンド設立国としてそれなりに有名なアイルランドも、影響があるはず、なのですが。。。あまり聞こえてこないですねぇ。。。それに対して、アメリカは、それでも自国のFATCA に固執するようですね。さすが We are the World な国。我が国は、といえば、まぁ、model 2なので、各金融機関がextra-territorial であってもちゃんと神の目を持って認知して、ここの国から求められる情報提供に対応していく。。。のでしょうか?ちょっと疑問がありますね。
その影響とは何が考えられるか
ファンド・アドミニストレーターが通常、投資家とのやりとりも担うことを考えると、CRS に基づく投資家の投資開始時や定期的な身元調査のを担うことになるでしょうから、FATCA に付け加えて手間がかかることが想定されます。その結果、day-1 での投資を開始したい、と思っても、不測の書類等の不備への対応をも考慮に入れて、より早めに色々な提出書類を準備していく必要が出てくる、ことになりそうです。以前書類を出したから、我はこの国を代表する投資家だ、そのうち出すから今は許して、なんて10年前あたりは許してくれたようなことを言ったところで今はダメでしょうね。
それ以上に、大きいのは、当然の事ながら、税務情報が今まで以上の精度でファンド設立地と投資家の本拠地との間で、しかも自動的にやりとりがされる、ということです。これは、いわば、冒頭に書いたように、「オフショア=資産を隠せる脱税天国」のイメージを払拭するものであり、だからこそ Early Adopter Group にケイマン諸島やジャージーといったトップクラスのオフショア地域が入ってきたのだと言えます。何度となく、ここでも主張していますが、オフショアは既に Tax Neutral = 税務的中立国なので、納税は投資家の所在地で適切に行ってくださいね、というのが今の税務の本流になっているのです。
さて、この流れ、今後どうなっていくのでしょうね。引き続きアップデートしていきたいと思います。
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